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Yoshichika Matsuo

ニュースの先に ~情と論理と正義〜

テレビはSNSに負けた トランプの勝因

 ドナルド・トランプの勝利。これをメディアは番狂わせと伝えていた。笑うしかない。 私はトランプが勝つと予ねてからTwitterで言ってきた。そして、トランプの方が日本にとって良いと。トランプに勝ってほしいと。賛同する人はいなかった。以下は私のツイートの一部である。

 

 

 

 

 306対232でドナルド・トランプ勝利。圧勝だった。「番狂わせ」とはよく言えたものだ。圧勝だ。ミシガンでも、ウィスコンシンでもペンシルベニアでもトランプが勝った。ミシガンで民主党が負けたのだ。調子に乗ったエリート軍団は、金持ちたちは貧民層や中産階級、そして、自らの同胞も固められなかったのだ。テレビは終わった。一度目か二度目か忘れたがTrump wonがTwitterで急上昇ワードになった。それを笑っている人がいた。あの討論会はトランプが勝ったのだ。それを独断と偏見でヘドロの一部であるメディア、テレビはその現象を悠長に嘲っていたのだ。それはまるで日本でいうならば桶狭間今川義元の様であった。勝利宣言の後、花火を打ち上げガラスを破る用意をしていたヒラリー陣営と目の前の支持者を一人でも増やそうと奮闘するトランプ陣営。そんな状況にも関わらず、クリントンが勝つ、トランプは害だと言い続け、トランプのネガティブキャンペーンを行なったcnnを始めとするfox以外のマスコミ。日米のマスコミの凋落という言葉では表現しきれない。そして、日本では、トランプ勝利後は掌を返した報道。どんなコメディも今回の報道には勝てない。テレビは完全に判断を誤った。テレビから人心は離れていたのにもかかわらず、彼らはそれに気付かなかった。ドナルド・トランプは勝つべくして勝ったのだ。にも関わらず、である。

 

 算多きが勝ち、算少なきが勝たず

 勝算の多い方が勝ち、少ない方が敗れる。マスコミは自らの力を過信し過ぎた。自らが煽動すれば必ず勝てると。そして、何よりマスコミは選挙人制度を理解できていなかった。全米の支持率ではなく州ごとの支持率が大事なのにも関わらず、それを理解していなかった。固定電話という集計方法はまだ、時代錯誤ではなかった。何故ならそれはヒラリーの方が得票数は多かったのである。メディアの元に集まった情報は正しかった。けれども、それを正確に分析できるだけの能力がもう、既存の新聞やテレビといったメディアにはなかった。だから、彼らは、未だに、隠れトランプなるものの、バカたちの所為でヒラリーは負けたと言っている。しかも、マスコミは投票行動に出た人々に“隠れ”という恰も悪いことをした様な表現する。往生際まで悪い。というより自らの作った幻想から抜け出せない。取り憑かれてしまっている。それはまるで新興宗教にハマって気が狂った信者の様に。だから、マスコミが国民の声に完敗したにも関わらず、それを認められないのだ。彼らにはもう、情報を分析する能力がない。だから、判断を誤った。

 

 ミシガンでなぜトランプ陣営は遊説しているのか?

 選挙中出たこの記事が今回の醜態を晒したマスコミを象徴している。民主党の牙城で崩せる筈もないと。結果はミシガンだけでなく、ウィスコンシンペンシルベニアをトランプが制し、激戦州のオハイオ、フロリダ、アリゾナは総てトランプが制した。国民はヒラリーやワシントンD.C.にNoを突きつけた。にも関わらず、得票数では200万票も差をつけたのだから選挙制度がおかしくて……などと言う人がいるが、それは根本的に間違っている。何故か。それは、America が United States of America であるから。States つまり、州が集まってできたのがアメリカ合州国であるから。州が集まってできたのであるから合衆国ではない。アメリカの州は国並みの権限がある。だから、各州ごとに総取り方式で選挙を行う。その上で、下の2つの図を見て頂きたい。上の図は、各州ごとの選挙人数と制した候補である。下のは細かい自治体ごとの選挙結果である。

 

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 トランプは殆どの場所で支持された

 これがアメリカの声であり、これが紛れも無い事実。けれども、都会の金持ちたちはそうではなかった。先程も述べたが、マスコミは民衆の声のでは最早なくなったのだ。金持ちの一部になってしまっていた。そして、彼らは自らのことしか考えなくなってしまっていた。これが全てだと思う。彼らは最早、報道ではなくなり、宣伝になってしまったのだ。それも自らの意見を恣意的に押し付けるものになってしまったのだ。人々の理想を伝えていたテレビは、金と権力持ち過ぎ、いつしか自らの理想を語り、押し付ける人々の声から掛け離れたものになってしまった。1960年のアメリカ大統領選がラジオの時代の終焉を告げ、テレビの時代の到来を告げる選挙であった様に、2016年のアメリカ大統領選はテレビの時代の終焉を告げ、SNSの時代を告げる選挙であった。

テレビの時代は終わった。SNSの時代に変わった。そんな時代の変化を告げる選挙であった。