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Yoshichika Matsuo

ニュースの先に ~情と論理と正義〜

僕は一体、何を見せられているのか。

  まず、ともかく、僕の一連のtweetを見てほしい。

 

 この「けもフレ」や「けものフレンズ」とは、テレビ東京系列で毎週火曜日25:35~26:05(テレビ愛知では27:05~27:35)に放送されているアニメのことだ。 しかもそれは「すごーい!」や「そうなんだ!」や「全然分からないよ!」などと言った単純な単語を使いまくるゆる〜い何の面白味もないアニメの話だ。だが、僕の一連のtweetで分かる様に、ただのアニメではない。

 確かに、最初は、ただのゆる〜いつまらないアニメだった。自然界に住む動物が人間(女子だけ)化して、言葉喋る様になったという設定。しかもそこに捕食、被捕食関係はない。

興味のある方は、一度、観て頂きたい。

けものフレンズ 1話「さばんなちほー」 - niconico

 ともかく、ここでは途轍もなくゆる〜い、つまらないアニメだったということを抑えてもらえれば、十分だ。

 しかし、見ての通りただのアニメではない。ヒューマンドキュメンタリーとでもべきだろうか。少なくとも、フィクションやアニメといった言葉で片付けられることではない。過去の記憶を失った一人の人間が右も左も分からない状態で人を見つけ、助けてもらい自分が一体何者でどこに住んでいたかを探し、そこへ向かう過程で起きる様々な出来事。そこには、そもそも人類とは何か。人間とは何か。が描かれている。この高度に文明が発達し、ハイテク化した現代社会だからこそ、人がスマホという超ハイテクなもの当然の様に使いこなす自然とかけ離れた生活を当然の様に送っているからこそ、自然と調和する人間の生活とは何か。ヒトとは、つまり、人類とは何かを、今一度立ち止まり考える必要があるのではないかと、けものフレンズは教えてくれた。

 ヒトと人間は違う。人間は人間である前にヒトなのだ。つまり、動物なのだ。ヒトは、この地球上に住む動物動物の一種類に過ぎない。ヒトは、つまり人類とは知恵と勇気を兼ね備え、道具を作り、扱い、そして、目的達成のために協力する動物である。目的達成を確実にするためにより緊密な情報交換、つまりはコミュニケーションが必要になった。それによって言語が発達し、そして、それらのより多くの情報を貯めようとし、その為に文字を覚えた。この辺りからヒトが人間になり始めた。そして、人類は高度に道具を発達させ、いつしか社会に生きる人間という存在になった。しかし、人間がどれ程高度な技術を発達させても、我々はヒトなのだ。だから、自然界に生きる動物である以上、ヒト自体は動物以上のことはできない。いや、できるかもしれない。だが、それはやってはならないのではないだろうか。もう一度、ヒトとして生きることを考え直すべきなのだ。

 ヒトは、自然と調和して生きる。ビルが建ち並ぶオフィス街でパソコンに向かい1日を終える生活のどこが、自然と調和しているのだろうか。本当に人間はこのまま技術を発達させて良いのだろうか。そんな問いを投げかけられた。

 そして、人間にも逆らえないものはあるということを忘れてはならない。それは、自然だ。自然には逆らえない。人間が総て制御できる訳ない。いや、というより、逆らえても、逆らってはならないのだ。制御してはならないのだ。それらの至極当然のことが今、忘れかけられている。

 ヒトとは知恵によって道具を発明し、勇気によって火を得た。それらによって、我々人類は高度な文明が発達した。しかし、それを突き進めてゆくことが果たして正しいのだろうか。そして、もし違うのであれば、手遅れにならないうちに解決しなければならない。一体、人類はどこで間違えたのか 。人類の歴史をはじめから検証する必要がある。そして、その過程で勿論、人類の人間の素晴らしさを再発見することもできるだろう。けものフレンズというアニメで我々は人類の歴史そのもの見せられているではなかろうか。これをを契機に、人類とは、ヒトとは、そして、人間とは何かをもう一度、我々は考え直さなければならないのではなかろうか。